理事長所信

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2010年度 公益社団法人仙台青年会議所
理事長 植松 悟


はじめに

日本の青年会議所(JC)運動は、戦後の焼け野原に青年が立ち、「新日本の再建は我々青年の仕事である。」との志のもとで始まったものであり、現在も700を超える日本各地の青年会議所は、「明るい豊かな社会」の実現をめざして地域に根差したまちづくり運動を展開しています。日本のJCメンバーが長年誓い、そらんじ続けてきた日本JC綱領にも謳われる、この「明るい豊かな社会」が示すヴィジョン、すなわち「JC宣言」は、戦後60年余の時代の変遷によってその内容を変えて今に至ります(注釈1)。
日本JCは、2000年度に「2000年代運動指針」を定め、翌年、現行の「JC宣言」を全国の青年会議所の承認のもとに採択しました。「2000年代運動指針」において、私たちがめざすべき「明るい豊かな社会」とは、個人が最大限に尊重されながらも、同時に公共心にあふれた安心感や安定感のある社会、そして、生き生きとした活力にあふれる創造性豊かな社会と位置づけられました。本年度は、「2000年代運動指針」が定められてからちょうど10年目。果たしてこの10年、めざしてきた「明るい豊かな社会」に私たちの社会は近づくことはできたのでしょうか。
そこで、昨今の世情に想いを馳せれば、百年に一度の経済危機といわれる状況は続いており、倒産に瀕する企業が増え、失業者や生活保護受給世帯も増加傾向にあります。そのような経済状況や政治不信などを背景として、人々の公共心や活力の衰退を感じざるをえません。
しかし、この10年、私たちは現行の宣言文の趣旨に則り、間違いなくJC運動を続けてきました。この10年の自らの足跡を検証しながらも、私たちは現実の社会が抱える様々な課題から決して目を逸らさず、JCとして何をすべきか考え、話し合い、そして行動し、よりよい社会を実現するための運動を続けていかなければなりません。

社会の隅々まで希望の光を

発足当時のJCは、敗戦の痛手に苦しむ人々を前に「日本国を再建しよう!」、「豊かになろう!」という「希望」を示し、「明るい豊かな社会」の実現に向け、諸活動に取り組み続けました。それから半世紀以上経ち、確かに社会全体における物質的な豊かさは格段に増しましたが、しかし、私は次の二つの懸念を抱いています。
一つ目は確かに社会全体の豊かさの平均値は上がっていても、豊かさの恩恵を受けられない経済的弱者は増え、貧困の程度も深刻化しているのではないか、という懸念です。自殺者数が交通事故による死亡者数をはるかに上回っており、その半数以上が経済的な事情が原因と分析され、生活保護受給世帯は120万世帯を超えています。また、派遣切りを可能とさせた非正規雇用など雇用基盤が極めて不安定化している現実があります。これら発達した文明社会の負の側面を考えると、日々の生活や将来に希望を見出すことができずにいる人々や活力を失いかけている人々が増えてきているとさえ感じます。
そして、もう一つの懸念が「心の豊かさ」を失っている人々が増えてきているのではないか、ということです。現代は社会構造が複雑化し、また、誰もが簡単に情報発信することができます。そのような社会の中で人と人との心の触れ合いや他人を思いやる気持ちが希薄になり、その結果、動機が理解不能な凄惨な事件が頻発し、セクハラ、パワハラのような弱い者いじめやインターネット上の誹謗中傷が横行しています。また、自己の権利ばかり主張して、公共の利益を顧みない人々も増えているとも感じます。物が豊富にあっても「心の豊かさ」を失っている人々が多い社会は真に豊かな社会とはいえません。
しかしながら、私は、たとえこのような歪んだ社会の現実を突き付けられたとしても、人々が未来への「希望」を失いさえしなければ、「明るい豊かな社会」へ一歩一歩近づいていくことは可能であると信じています。逆にいえば「希望」のない社会、「希望」のない人生は出口の見えないトンネルのようであり、人々の歩みは止まってしまいます。格差社会と呼ばれる現代社会において豊かさを享受できないで苦しんでいる人々、複雑化した社会において「心の豊かさ」を失ってしまった人々も自分たちが歩みいくべき方向を示す「道しるべ」となりうるものを見つけることができれば、未来への「希望」を取り戻すことができ、私たちの社会は明るい豊かな方向へと向かっていくはずです。
2010年度、仙台JCは、地域社会の現状を把握して問題点を検証し、そして、新たな「明るい豊かな社会」へ近づくための「道しるべ」を地域へ発信することによって、仙台のまちが隅々まで「希望」の光で満ち溢れ、人々が生き生きと生活できる理想郷となることをめざして運動を展開してまいります。

子どもたちに希望を

現代社会において、子どもたちを取り巻く環境は必ずしも健全なものとはいえません。児童手当や待機児童問題などの社会福祉の未達により、子どもを安心して育てることができない状況にある一方、親の経済格差が子どもの教育格差に繋がることが少なくない負の連鎖が続いているとも分析されています。さらには、児童虐待や子どもの性の商品化に象徴される子どもたちの人権侵害も深刻な問題です。また、いじめによる子どもの自殺者数が依然として減らないことや「学校裏サイト」なるものが社会問題となることから窺い知れる子ども自身の道徳心の低下などを考えると、その置かれている環境が原因で、思いやりの心や活力を失いつつある子どもたちが増えているのではないでしょうか。
私は、元来子どもは明るく元気に毎日を過ごし、心の中は夢や希望で満たされているものだと考えていました。しかし、子どもの心は敏感で自分が置かれている環境の不健全さを感じ取り、夢や希望を見失うことも少なくないのです。
一方、昨年、宇宙飛行士の若田光一さんが4か月半に及ぶ長期宇宙滞在を行い、日本初の有人宇宙施設「きぼう」の最後の構成部分となる船外実験施設の取り付けに成功したニュースは、まだ記憶に新しいところです。これによって、「きぼう」は、開発から20年を経て完成したのです。「きぼう」では、地上とはまったく異なる宇宙という特殊な環境下で、植物や微生物などに関する様々な実験が行われ、その成果は産業の発展や環境の改善に寄与することが期待されています。若田さんのこの偉業は、日本人にまさに大きな「希望」を与えました。とりわけ、子どもたちが夢を馳せる宇宙という舞台での活躍は、子どもたちにきらきらとした「希望」を与えたことでしょう。
仙台JCでは、2008年度からスポーツを通じて子どもたちの健全な育成を図る「ドリーム・キッズ・ゴルフ」という事業を行ってきました。この事業は、単なるゴルフ体験会では決してなく、ゴルフというスポーツを通じたマナーや公共心、感謝の心を子どもたちに学んでもらおうというものです。厳しいルールやマナーに則って子どもたちにゴルフを体験してもらう中で、私たちは随所に、子どもたちに感じてもらいたいメッセージを織り込み、その結果、公共心の大切さを学んでもらい、その気づきの機会を与えてくれた親をはじめとする周囲へ感謝の気持ちを持つことの重要性を伝えることができました。参加した子どもたちにとっては楽しいだけではなく、厳しくもある体験でしたが、子どもたちの表情は晴れ晴れとし、夢と希望が溢れていました。子どもは健全な環境の中にあれば、自然と心は夢と希望で満たされてくるのです。
次代を担う子どもたちは国の宝であり、地域の未来そのものです。仙台JCでは、過去2回の「ドリーム・キッズ・ゴルフ」を総括し、本年度はさらなる可能性を追求することでこの事業を発展させ、子どもたちの心をきらきらした「希望」でいっぱいにしたいと考えています。

より高度の公益性をめざして

1951年に設立された仙台JCは、これまで半世紀以上にわたり、地域発展、青少年の健全育成など公益性の高い活動を続けてまいりました。特に「無医村診療団の派遣」(注釈2)や「七夕書道展」(注釈3)、「仕事場ウルルン訪問隊/体験隊/発見隊」(注釈4)は、時代ごとの社会ニーズにこたえた継続事業として、地域社会に大いに貢献してきたと自負するところです。
2006年5月に成立した公益法人制度改革関連法により、これまで社団法人格を預かってきた団体が「公益社団法人」と「一般社団法人」に分類され、「公益社団法人」に認定されるための厳しい要件が法定されました。仙台JCは、この公益社団法人格を取得するために早い時期から準備を開始し、すでに申請を終えております。
今年で41回目をむかえる仙台七夕花火祭は、仙台JCの代表する公益事業の一つですが、それだけではありません。近年を振り返っても仙台市長選挙・衆議院議員選挙の公開討論会や市民参加型の公開例会、前述の「ドリーム・キッズ・ゴルフ」など、市民意識の向上やまちづくりのための人づくりを標榜した公益事業があり、「希望」の「道しるべ」の発信は、今も弛まずに続けているところです。私たちは、本年度も引き続き、公益性の高い事業を企画・実施していきます。
仙台JCは、公益社団法人の認定を一つのステップととらえ、地域社会がかかえる課題を積極的にとりあげ、より一層高度の公益性を有する活動を本年度も続けていくとともに、これからの運動の礎になるべく進化した組織の検証を行ってまいります。

資質向上と会員拡大

JC運動を展開していくためには、私たち仙台JCの個々の会員が公共心やスキルを常に向上させていく必要があります。「地域のリーダー」や「青少年の見本」たらんとするのであれば、まずは、自らの資質を高める取り組みが不可欠です。仙台JCは、会員向けの研修プログラムを例会やセミナーを通じて企画・実施し、知性と品格を兼ね備えた地域のリーダーとなれるよう自らの修練を続けていきます。
また、効果的に運動を展開していくためには会員数を拡大していくことが大切です。私たちの運動に賛同し、参加する青年が増えることは、JC運動の推進そのものなのです。確かに経済不況下において、会員数を拡大することは容易なことではありません。しかし、私たちが常に高い志を持って運動を展開していることが伝われば、それに共感する同世代の青年は数多くいるはずです。本年度は、市民の皆さんをも対象にした多くの公開例会を実施し、その中で同世代の青年に私たちの運動を知ってもらう機会をこれまで以上に取り入れてまいります。また、既存の広報ツールを再度見直し、新入会員の獲得に結びつける諸工夫を積極的に行います。

むすびに

私たちは経済的に多少なりとも恵まれ、時間的に幾らかの余裕があるからJC運動をしているのでしょうか。残念ながら、未だに「JCは恵まれた環境にある青年の集まり」との誤解が世間にあることも事実です。しかし、経済が今以て混沌とするこの時代、厳しい状況下にもかかわらず、多くの会員が志高く活動を続けている事実にこそ、私はJC運動を継続する価値が存在することを確信します。そして、この運動をこれからの未来に引き継がなくてはならない責任と使命に身が引き締まると同時に、胸躍らせる想いです。同じ志を持って相集った私たちJAYCEE(青年会議所会員)は、理想に燃え、未来への「希望」を失うことはありません。私たちJAYCEEは、いかに困難な時代においても「明るい豊かな社会」を築くという「希望」に満ちた理想を掲げ、運動を展開してきたのです。
私は、JC運動が示し続けてきたこれまでの歴史と心意気、団結力と行動の原理を何よりも誇らしく思うとともに、この地のJAYCEEの活動がさらに加速するような、新しいJAYCEEが自然と集まってくるような、「厳しいながらも楽しい仙台JC」を築いていきたいと思います。残りの人生の始まりの日は今日です。一日一日を「希望」を持って、大切に生きていきましょう。仙台JCは、決して「希望」を捨てません。私たちは、私たちの「希望」がそれぞれ形を変え、仙台というまちを、仙台の子どもたちを包み込み、育む運動を展開してまいります。
私は、(社)仙台青年会議所の第59代理事長を拝命するにあたって、先達たちと今も率先して活動する全会員の志をあらためて心に刻み、「明るい豊かな社会」の実現に向けて全霊を尽くしていく所存です。
(注釈1)JC宣言は、時代の変遷によって、過去3度、策定されている。

<1970年宣言文>

理性と法による社会の秩序を確立し

個人の創意と公正な競争を通じて

経済の発展を実現し

隣人の幸せを願う者が正しく報われる

民主主義社会の達成を誓い

民族の気概を結集して

日本の平和と独立を守り

人間性への信頼こそすべての国を結ぶ

きずなであることを確信する

<1988年宣言文>

変革の能動者たらんとする青年として

個人の真に豊かな生活の実現を通して

自立した快適で活力ある地域を創造し

自由と公正を保障する国家を基盤として

世界の平和と繁栄に貢献し

地球上のすべての人と

共に生きることを誓う

<2001年(現行)宣言文>

日本の青年会議所は

混沌という未知の可能性を切り拓き

個人の自立性と社会の公共性が

生き生きと協和する確かな時代を築くために

率先して行動することを宣言する

(注釈2)

<無医村診療団の派遣>

1956~1968年
内科医、歯科医、眼科医、婦人科医らをボランティアで集め、医師不足が深刻な問題となっていた大沢開拓地、刈田、栗原、耕英など11カ所で16回にわたり実施された。診療団は平均40名程度で、仙台JCのメンバーが医療行為以外の設営を行った。この事業によって、医療行為を提供できたのはもちろんのこと、農村部の医師不足の問題を広く社会に訴えることができた。
(注釈3)

<七夕書道展>

1968~1997年
宮城県内の高校生・中学生・小学生を対象とし、30回にわたり実施された。第1回七夕書道展では、参加校約100校、応募作品約7千点であったが、第30回においては、参加校は518校、応募作品は約5万点に上り、親子2代で入選された生徒も多く見られるようになった。この事業によって、青少年に対して、日本の伝統文化である書道を通して高節と礼譲の精神の大切さを伝えるとともに仙台七夕祭りに色を添えることができた。

(注釈4)

<仕事場ウルルン訪問隊/体験隊/発見隊>

2003~2005年
高校生世代に希望する職業を疑似体験してもらい、職業観啓発に向けた取り組みとして行われ、デパート、ホテル、旅行会社から法律事務所まで多種多様な職場への訪問が行われた。この事業によって、当時はまだ一般的ではなかった高校生世代の職場訪問を実現し、今後の進路を確かめる機会を提供するとともに仕事を通じた社会貢献の意義を感じてもらうことができた。